福井市「ヨーロッパ軒木田分店」のソースカツ丼~美味しいものを食べるために、私は生きているのだ その4

その店に行ったのは、偶然だった。

 

福井市内での用事を済ませたその日の夕方、僕は助手席に妻を乗せて、北陸自動車道の福井インターに向かっていた。知人からスープの美味しい店が福井にあると聞き、夕食はそこにしようと決めていたのだが、土地勘のない街で苦労してたどり着いたその店はあいにくの臨時休業だった。ほかにいい店を知っているわけもなく、仕方がないので高速のサービスエリアで済ませようかと話していた、そのときだった。電柱に掛かったヨーロッパ軒の看板が目に入ったのは。

ああ、ヨーロッパ軒ってこの近くなんだ、と僕はつぶやいた。それを耳にした妻が、どんな店か訊ねてきた。ヨーロッパ軒という印象に残る店名は覚えていたが、福井の何かB級グルメの店だったということ以外はすぐに思い出せなかった。ボルガライスとかそういうのじゃなかったかな、と僕はいい加減な返事をした。意外にも妻は興味を持ったようで、ならば一応調べてみようと、近くのコンビニに車を停めてスマホで検索。ソースカツ丼が名物だと確認して、看板の矢印に沿って店に向かった。

 

着いたのはヨーロッパ軒木田分店。ヨーロッパ軒は福井市を中心に20店舗近くの分店があるのは、このとき初めて知った。支店ではなく、のれん分けによって広まったというところは、金沢におけるお多福のような感じだろうか。

店内は、どこか懐かしい感じのする、一昔前の洋食屋や喫茶店を思わせるたたずまい。窓際の席に座った僕と妻は、オムライスなどの他の美味しそうなメニューの写真に心惹かれながらも、ソースカツ丼の定食を注文した(妻はミニ丼)。

先ほどスマホで調べた店のサイトには、ソースカツ丼の食べ方も載っていた。曰く、まずご飯の上に乗ったカツ2枚を丼の蓋に移し、残り1枚のカツを一口食べ、それからご飯を底からかき混ぜながら(ここが重要らしく、赤字で書かれていた)食べる、ということらしい。ソースの濃度が低く、カツに染みたソースが丼の底にたまってしまい食べにくくなるので、このような食べ方をするのがよいということだ。

その説明を確認しているうちに、お盆が運ばれてきた。丼の蓋からカツがはみ出している。蓋を取ると、湯気とともにソースの香りが漂う。先ほど予習したとおり、蓋に2枚のカツを移し、もう1枚をかじってみる。

カラリと揚がったカツは、全体をソースに浸されているのにもかかわらず、さくりとした歯ごたえを残していた。肉が旨い。コロモでごまかしているのではなく、きちんと肉の味がするカツだ。そしてソースは、これだけたっぷりと浸されているにも関わらず、肉の味を邪魔していない。だがもちろん、主張をしないわけではない。甘みと酸味、辛さがあとからじんわりと感じられる。さらりとして薄いソースだが、しかし確かにそこにあるのがわかる。そのソースを、丼の中にあるご飯とかき混ぜると、ご飯はやがて茶色に変わっていく。その茶色いご飯が、美味しい。しつこくなくあっさりしていて、香辛料の香りが絶妙のアクセントになっている。

ヨーロッパ軒のソースカツ丼は、ソースに浸したカツとご飯のみ。他の調味料も添え物も全くない、実にシンプルな、シンプルすぎるくらいの一品。それだけに、ごまかしは効かない。卵でとじたカツ丼ならば、だしの風味も効かせられようが、ソースカツ丼はソースがすべて。にもかかわらず、このソースは黒子に徹している。カツとご飯の引き立て役に回っている。主張しないが、これがなくては成立しない。ソースカツ丼の名前に偽りはない。

カツ丼と聞けば、普通はがっつりとした、腹に溜まるものを想像するだろう。確かにボリュームはそれなりにあったが、まったくしつこさを感じない。変に胃もたれをしたりもしない。肉も油もよいものに違いない。最後まで飽きずに食べられたのは、ソースもカツも長年かけて丁寧に作りあげられた味だからだろう。なるほど、これは評判になるはずだ。

これまでにも他の店でソースカツ丼と名の付くものを食べたことはあるが、それらとは全く別の食べ物だったと、強く主張したい。今まで食べていたソースカツ丼は、単なる「トンカツのせご飯」 でしかなかった。中には美味しいものもあったが、それはカツが美味かったのであって、丼として完成されたものではなかったと、今は思う。それゆえ、正直なところ僕は、ソースカツ丼という食べ物を、飲食店側が楽をできるお手軽メニューだとみなしていた。ごはんにキャベツ敷いてカツ載せてウスターソースかければ出来上がり、みたいな。自分の不明を恥じたい。ヨーロッパ軒のソースカツ丼は、違った。まずもってここでしか食べられないであろう丼だ。お手軽などとはとんでもない。シンプルではあるが、その中にこの店でしか出せないであろうエキスがたっぷりと含まれている一品だった。

 

偶然に福井の名物グルメに出会い、思いがけず堪能した日であった。満足。